さて、最も評価の高い世界五大医学雑誌の一つである『ランセット』が、ホメオパシーを葬り去るためにお粗末な捏造論文を掲載したことはすでに述べた通り明らかですが、やはり元祖は、『ネイチャー』でしょう。
1988年6月28日に、世界で最も影響力のある英科学誌『ネイチャー』(アメリカの『サイエンス』と双璧をなす)に「高希釈された抗血清中の抗免疫グロブリンE(抗IgE 抗体)によって誘発されるヒト好塩基球の脱顆粒化」と題された論文が掲載されました。
この論文こそ後の大論争となったベンベニスト博士の「水の記憶」を証明したと言われる論文です。この論文掲載からわずか1ヶ月後、同じく『ネイチャー』から『高希釈は幻か?』というタイトルで、「水が自らを通過した溶質の記憶を再現できるという仮説はむなしく根拠がないものである」と断定した論文が掲載されました。
こうしてベンベニスト博士は世界中の笑い者となってしまいました。ここではベンベニスト博士の論文がネイチャーに掲載されてから、1ヶ月後の否定論文が掲載されるまでの過程を、『真実の告白――水の記憶事件』(ホメオパシー出版)から引用します。
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前略(ベンベニスト博士の論文が『ネイチャー』に掲載されるまでの過程も興味深いものですが、ここでは割愛させていただきます)
1988年6月に論文が掲載される前後の日々、私は『ネイチャー』誌にせかされた「調査委員会」の訪問を受けなければならないかと心配していた。『ネイチャー』のこのような要求は科学界の慣習に全く反するものであることを再びこの場で明確にしたい。
もし編集長がこの発見の真実性を確信していないのなら、なぜ「調査委員会」による訪問の前にわれわれの論文を掲載したのか。ジョン・マドックスはずっと後になって、論文掲載を迫る私の上司の圧力に屈したと答えた。私はマドックスの過度の要求にもかかわらず2 年の間ずっと私の論文が掲載されるために辛抱強く待ってきたことを否定しない。このような辛抱強さは競争的色彩を帯びざるをえない実験という道に踏み出したすべての研究者がもち合わせており、また、もつべきものである。そもそも論文掲載決定がなされたのはレフェリーからの異議に対し私がことごとく回答した後である。ということは、掲載の準備は完了したということである。国際的に最も影響力の強い(そして最も保守的でもある)科学誌の編集長ともあろう者が、ある論文が科学的根拠を欠いていると考えたにもかかわらず――それが正しくても間違っていても――彼らの掲載要求を拒絶するだけの権威がないとしたら、もう転職するしかないというべきである。
もう一つの仮説――おそらくジョン・マドックスは、ホメオパシーという異端を正当化する偽科学理論を空中で爆破して木っ端微塵にするために、あえてGO サインを出して離陸させたのである。私は、いつもマドックスが科学界の指示を受けて「偽科学」との闘いに人生をかけようと思っているのではないかと思ってきた。ある人は、言語道断のことが発表されたという確信、それに起因する雑誌広告や売上の増加なども無関係ではないと言う。
ジョン・マドックスは調査委員会の構成を伝えてきた。彼自身もその委員会のメンバーになっていた(彼の専門は物理学だが)。後の2人はアメリカ人で、ウォルター・スチュワートとジェームズ・ランディである。私は2 人のことを全く知らなかったし、彼らが何者であるかを知ったのは、私の研究所に彼らがやってくる数日前だった。スチュワートは不正行為を見破るスペシャリストであり、ジェームズ・ランディはユリ・ゲラー(私はこれが誰だか知らないが、ユリ・ゲラーと比較されるとは私もずいぶん大物になったということにちがいない。ユリ・ゲラーと私のどちらがこのことを誇りに思うべきかはわからないが)の化けの皮をはいだと主張する手品師である。
私が“スペシャリスト”たちの血統について十分知ったとき、彼らの調査訪問を断りたくなった。理由はいくつかある。まず第一に、マドックスが私の研究チームのなかに手品師がいるにちがいないという不正行為を前提にした仮説に立っていることが明らかであることである。私が袖の中に抗免疫グロブリンE を隠しておき、それからそれを数滴試験管の中にこっそり流し入れて楽しんでいたとでも言いたいかのように。
不正行為を見破るというスチュワートの人格はさらに問題が多い。そもそも彼は好塩基球の脱顆粒についての論文を審査する『ネイチャー』誌のレフェリーであったが、私の論文掲載に何ら反対しなかった。また彼は、免疫学におけるノーベル賞受賞者であるアメリカ人、ボルティモアに対し数か月前に不正があったと非難して、嘆かわしいボルティモア事件というのを引き起こした中心人物である(*8)。私の論文が掲載された同じ号でジョン・マドックスが、デイビッド・ボルティモアに対する喚問においてスチュワートの果たした役割を非難する態度を示したのは運命の皮肉であろうか。マドックスは、スチュワートと別のアメリカ人の科学者と“不正行為狩り”を推進するうえで協力してきたが、彼らは何ら実のある科学的成果をあげておらず、科学知識の自称ガーディアンにすぎないことを強調していた。それなのに、その同じスチュワート、ヒステリックな魔女狩り人スチュワートをもう一人の手品師を伴わせ、私の足を引っ張るためによこすとは。もはや足りないのは軽業師とクマ使いぐらいのものである。
このようなひどいならず者たちを私の研究所に迎え入れるにつき私が反対なのは当然で、どう対処すべきか正直いって追い詰められていた。まず第一に、『ネイチャー』誌が巨大な科学的権威であることである。熱烈なカトリック信者であれば、もしローマ法王がサイフを要求したらためらわずに手渡すであろう。ローマ法王が私の金を盗み、身分証明書を偽物とすり替え、科学因習警察に突き出すなどとは夢にも思わないからである。しかし私はそこまで『ネイチャー』を信じてはいない。彼らを受け入れたらどんなことになるか知れたものではない。さらに、もし私が再検証を拒めば、人は私が何かを隠したがっていると思うだろう。私は協力者や論文の共同執筆者と相談したうえで、ついに調査委員会を受け入れることを決意した。仲間たちは実験の有効性を微塵も疑っておらず、不正のないところで不正が発見されるわけはない、と確信していた。
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すでに書いた、2002年のBBCの捏造事件に深く関与しているチンピラ的手品師、ジェームズ・ランディーが、ベンベニスト博士の実験の調査委員の中になぜか入っており、ベンベニスト博士の実験の検証をするというのです。
さらに、免疫学におけるノーベル賞受賞者であるアメリカ人、ボルティモアに対し根も葉もない不正行為をでっち上げ、嘆かわしいボルティモア事件というのを引き起こした中心人物である、ウォルター・スチュワートが調査委員の中に入っているのです。不正行為をでっち上げることに関しては右に出るものがいないという輩が不正行為を見破るスペシャリストとしてベンベニスト博士の実験を検証をするというのです。
そして、「偽科学」を叩きつぶすよう指令を受けているのではないかとベンベニスト博士もいつも思っていた『ネイチャー』の編集長、ジョン・マドックスが自ら調査委員の中に入っています。
ベンベニスト博士が「ジョン・マドックスは、ホメオパシーという異端を正当化する偽科学理論を空中で爆破して木っ端微塵にするために、あえてGO サインを出して離陸させたのである」と推測していますが、確かにマドックスは「信じていなくても掲載はする。真偽はそのうち判明する」という立場であったことと、検証チームの面々、そしてベンベニスト博士の論文掲載からわずか1ヶ月にはもう反対論文を掲載しているという素早い対応を考えるとき、この言葉は真実味があると思います。
それにしてもよくぞここまで各方面のチンピラ的スペシャリストが一同に結集し、恥ずかしくもなく調査委員会を名乗るものだと感心せずにはいられません。まさに、“もはや足りないのは軽業師とクマ使いぐらいのもの”です。逆に言えば、この調査委員会に軽業師とクマ使いがいたら、完璧だったということです。
そして上記のような人たちを調査委員として受け入れてしまったベンベニスト博士を哀れまないでいられません。これからベンベニスト博士の研究室で巻き起こる大騒動はもはや科学という次元を遙かに超えたものになっていきます。
つづく。