ブログ

2012年3月22日 (木)

これはやばいです。まじやばいです。「心の病を売り込む」

THRIVE(スライブ)に続いてなにやら上映会やっていると思って気になってはいたものの・・・「心の病を売り込む」のDVDを入手して見ました・・・。がこれはやばいです。まじやばいです。どれぐらいやばいかは、以下のアンケートを読んでいただければわかると思います。
■アンケート

ホメオパシー医学をいい加減な民間療法だと言う人がいますが、何百回というプル―ビング(実証)を積み重ねて、同種の原理による真の薬効を明らかにしたマテリア・メディカに基づき、クライアントの状態と照らし合わせてレメディーを処方するホメオパシーは、いい加減どころが、病気の根本原因である目に見えない生命エネルギーの滞りを、レメディー名として象徴化することで洞察可能にした、非常にすぐれた治療体系をもつ医学です。

一方の精神医学の実態には呆れ果ててしまいました。これは医学とは言えません。また、チンピラ的人間による一般人、精神科医への洗脳、製薬会社の莫大なお金の力による政界、精神医学、マスコミのコントロール・・・心の病が市場と見なされ、新しい市場を開拓し(新しい病名を作り出し)、弱みにつけ込んで商品(薬)を売り込む・・・・・・・・・。ホメオパシーが正当に評価され、早く心の病をもつ人の選択肢の一つとなることを願わずにはいられません。

定期的に上映会もやっているようです。無料です。
■上映会情報
3月24日(土)14:00~17:00
3月28日(水)14:00~17:00

2012年2月14日 (火)

朝日新聞の唐木さんへのインタビュー記事

「もしRCT(無作為臨床試験)をこのような方法で評価した下ならば、コクランテストでは不合格になってしまうような、誰がどう見ても不当な方法でホメオパシーを評価した論文を掲載し、その論文をもってホメオパシーを全否定する論説を掲載するというやり方は、異常です。日本学術会議の発表のように最初から仕組まれていたとしか考えられないと思います」

と書きましたところ、「日本学術会議の発表のように最初から仕組まれていたとしか考えられない」の部分が気になる人がいるようです。

これを説明するのは、まず日本学術会議の唐木英明(東大名誉教授)さんが、どういう人物かを見ていく必要があります。

彼の経歴は全くもって輝かしいものです。

①食品安全委員会の委員として、日本の市場に遺伝子組み換え食品を導入してきました。遺伝子組み換え食品の恐ろしさは各自調べてください。つまり恐ろしい遺伝子組み換え食品の導入を積極的に果たした人です。

②食品安全情報ネットワーク(Food Safety Information Network:略称 FSIN)の現代表である浜本哲郎氏は元モンサント社でアメリカ穀物協会のディレクターらしいのですが、そのFSINの前代表(2008年9月~2011年6月)が唐木さんになります。

③米国食肉輸出連合会が作った米牛肉の安全性を訴えるパンフレット「知って安心BSEのホント」を、政府の食品安全委員会(寺田雅昭委員長)リスクコミュニケーション専門調査会座長代理を務める唐木さんが監修していたということです。しかも食品安全委員会専門委員の経歴を無断で記載していたということです。食品安全の中立性も公正さもあったものでありません。そしてそのパンフレットの対談にも登場し、「全頭検査の必要はない」などとおしゃっています。

④福島第一原発から放出されている放射性物質に汚染されてしまった農産物を「これぐらい食べても大丈夫」とおっしゃっています。一方で、テレビで「セシウム検出された牛をあなたも食べられるのか」という質問に、 「私は食べます。食べても影響が出る年齢ではないので」とうっかり答えてしまった人です。

カレイドスコープというブログに唐木さんについてのコメントがありましたので引用させていただきます。

「唐木が今までやってきたは、日本人の寿命を縮めることばかりです。どんな角度から見ても、グローバリストの犬にしか見えないのです。いったい、どれほどの札束が飛び交っていたのか、どれだけ懐に入れたのでしょう。唐木に比べたら、「プルトニウムは飲んでも安全」と、電力会社のやらせ住民説明会のたぴに言ってきた東大のチンピラ教授・大橋など、まだまだ小者です。金のためなら日本国民を死に追いやろうが、まったくカンケーネー人間」

で、日本に先立って、英国でBBCによるホメオパシーバッシングが行われたのですが、その時期に科学技術会議の要職にいてホメオパシーバッシングを扇動していた科学者と唐木さんがコンタクトしていたらしいです(違っていたら取り消します)。英国でのホメオパシーバッシングはビッグファーマが関与していたと英国のホメオパスからは聞いています。

で唐木さんが朝日新聞のインタビューに答えて次ぎのようにおしゃっています。

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

――なぜ今、このタイミングで談話を発表したのですか?

 きっかけは、私が友人の外国人研究者から、海外でのホメオパシー事情を聞いたことです。2~3年前だったと思います。(中略)

 友人は科学者として、私に「日本は、そうならないうちに手を打つべきだ」とアドバイスしてくれました。そこで、金沢(一郎・日本学術会議)会長に相談し、関係機関との連携や、取るべきアクションを模索し始めました。これがちょうど1年半ほど前だったと思います。

 今年7月、山口県での事件が報道されたことで、我々は準備を急ぎました。そしてようやく、発表にこぎ着けたのです。

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

つまりは、日本人が健康になっては困る人々が、いつも頼りになる仲間である唐木さまにお願いして、同じく仲間である英国でホメオパシーバッシングを扇動した科学者からバッシングの方法を伝授してもらいつつ、1年半まえから画策しつつなかなかネタがなく、(朝日新聞の長野記者もネタ探しに苦労し、ホメオパシーでの被害者がなかなか見つからないので被害者を一般募集したことを自身のブログで吐露しています)、各関係機関(日本学術会議、医師会?既得利権産業?マスメディア?)と連携し、ホメオパシーバッシング構想を練り、日本学術会議の権威を借りてホメオパシーは科学的に明確に否定されているという大嘘をつき(それを日本医師会などが一斉に支持し)、それを各メディアが一斉に流すということを指して、ランセットのインチキ論文(権威)と無記名の論説(風評)の組み合わせは、日本学術会議の発表(権威)とマスコミ報道の組み合わせのように、世論を誘導しホメオパシーを叩きつぶすために最初から仕組まれていたとしか考えられない、と言ったわけです。朝日新聞の唐木さんへのインタビュー記事もその通りではないかと思います。

2012年2月 7日 (火)

アメリカにおけるアロパシー医学 VS ホメオパシー医学の歴史(その2)

1918年のスペインかぜでは、感染者6億人、死者は5000万人と言われていますが、このときのアロパシー治療とホメオパシー治療での死亡率の違いは興味深いです。
熱を解熱剤で下げたり、抗ウイルス薬でウイルスを生きたまま細胞内に閉じ込めたり、抗生物質で免疫を下げることが、インフルエンザでの死亡率を高めているのではないかと思います。

以下『それでもあなたは新型インフルエンザワクチンを打ちますか?』より引用します。

ホメオパシー全盛時代だったアメリカ

 古い話になりますが、スペインかぜが流行した1918年ごろは、アメリカはものすごくホメオパシーが盛んで、一時は、22のホメオパシー医科大学、100以上のホメオパシー病院、1000を超すホメオパシー薬局が存在していました。『大草原の小さな家』にもホメオパシーが登場しますね。しかし、ホメオパシーを脅威に感じた医師たちが、ホメオパシーをたたき潰すためにある団体をつくりました。それがアメリカ医師会です。そしてアメリカ医師会による反ホメオパシーキャンペーンによって、ホメオパシーはたたき潰されて、すべてのホメオパシー医科大学は廃校になったり、アロパシー医学大学にとってかわられました。そして、アメリカからホメオパスの姿が消えてしまいました。本当に悲しいことです。しかし、1918年当時はたくさんのホメオパスがいたのです。ですから、当時多くの患者がホメオパシーを選択していたのです。

 左ページの表のスペインかぜのアメリカでの死亡率を見てください。2万6000人がホメオパシー療法を受けており、そのうち死亡したのはたったの273人です(死亡率1.1%)。これに対し、現代医学の治療を受けた人が2万4000人。そして死んだ人が6768人(死亡率28.2%)。ものすごい倍率で死んでいます。この数値を見たら、いかにホメオパシーが有効か、そして医学的治療がいかに有効でないかがわかるではないですか。ホメオパシーでの死亡率が低いこともすごいのですが、このグラフを見て私が感心したのは、スペインかぜにかかった人の半分以上がホメオパスのところに治療を受けに行ったということです。当時のアメリカでは、ものすごくホメオパシーが広がっていたことがわかります。次の記事を読んでもらうとわかりますが、アスピリンをとって熱を下げようした人の多くが死んでいます。薬をとっても治らないどころか、死ぬ人が多かったわけです。

ホメオパシーを実践した医師たちの証言

 ここで、少々長くなりますが、"HOMEOPATHIC TREATMENT OF INFLUENZA" Sandra J. Perko, Ph.D.1999(『インフルエンザのホメオパシー治療』)から引用します。

 あの大きな破壊力を持つインフルエンザが、また地球をのし歩くのでしょうか? 高性能の科学技術と最新の化学薬品に溢れている今日の時代において、ホメオパシーになにか貢献できることはあるのでしょうか? それでは、1918年のスペインかぜ流行病発生当時に、ホメオパシーがどれだけ活躍したか見てみましょう。

 ホメオパシーの側面:初期200年の図解入り歴史の著者、ジュリアン・ウィンストンに―この劇的な時代の貴重な参考文献を送って下さったことに感謝申し上げます。その歴史的瞬間に、ホメオパシー医たちは歴史上でもっとも過酷な疫病に対して、勇気をもって立ちあがっていました。対症療法の同僚たちを麻痺させてしまった怪物に、恐れも不安も持たずに挑戦したのでした。次に挙げるのは、1920年の「米国ホメオパシー協会誌」に掲載された記事の抜粋で、あの過酷な時期を生き抜いた医師ホメオパスたちの個人的逸話です。

■オハイオ州のデイトンに住むT・A・マカン医師は、1921年の米国ホメオパシー協会の年次総会において、アロパシー療法で治療されたインフルエンザの2万4000件の死亡率は28%を示したのに対し、ホメオパシー的治療法を施した2万6000件の死亡率はわずか1・05%だったと報告しました。

■工場で働く労働者8000人のうち、死亡したのはたった1人でした。患者は薬漬けになって死亡したわけではありません。使用したレメディーは事実上、ジェルセミュームだけでした。私たちは、アスピリンもワクチンも全く使用しませんでした。―フランク・ウイーランド医学博士、シカゴ、イリノイ州

■常習性がないことが、この植物のすばらしい効用のひとつです。―バートン・ハセルテイン医学博士、シカゴ、イリノイ州

■大勢の患者がインフルエンザそのものよりも、ある1つの薬の直接的、または間接的影響で死んでいったのです。誰もがその薬を知っています。それはサリチル酸といいます。アスピリンの歴史は印刷物で出回っています。今日においては、誰もサリチル酸の鎮痛作用の正体を知りません。それは2通りに作用します。まず患者は、倒れるまでアスピリンをとり続け、その間接的結果として肺炎を発症するのです。―フランク・L・ニュートン医学博士、マサチューセッツ州

■私の患者のなかでインフルエンザで死亡した人は1人もいませんでした。肺炎で死亡した患者の死亡率は2・1%でした。昔の同級生にとっての救急薬は、ほとんどアスピリンとキニーネだけで、患者の肺炎死亡率が60%と聞かされるのも珍しくありませんでした。―ダッドリー・A・ウイリアムズ医学博士、プロビデンス、ロードアイランド州

■350件の症例を扱い、死亡者はたった1人でした。その患者は24時間のあいだに100回量のアスピリンを投与され、肺炎の治療が全く放置された状態で、私のところに運び込まれたのです。―コラ・スミス・キング博士、ワシントンD.C.

■リーキャンプで私の患者の死亡率が低かったのは、すべて私がアスピリンの使用を徹底的に避けたことによります。私の患者の死亡率が病院でいちばん低かったので、医務部長に褒め言葉をもらいました。彼は、血液へのアスピリンの影響と私のホメオパシー的治療の成果に注目し、ほかの医師たちにもアスピリンの使用を控えるように指示したため、その後、まもなく病院内の死亡率が著しく低下しました。―カールトン・A・ハークネス医学博士、シカゴ、イリノイ州

■サンフランシスコのハーネマン・ホスピタルでは、ホメオパシーのレメディーが治癒的効果をもたらしていました。その一方、ほかの治療法は、結局、一時しのぎにすぎませんでした。―ローラ・A・ハード医学博士、サンフランシスコ、カリフォルニア州

■コロンビア地区のホメオパシー医師会では、1500件のケースを治療し、そのうち死亡者15人と報告されています。国立ホメオパシー病院での回復率は100%でした。―E・F・サピントン医学博士、フィラデルフィア、ペンシルベニア州

■私は100件の症例を扱い、死亡者は皆無でした。常にホメオパシーのレメディーを使用しました。アスピリンは絶対に処方しませんでした。ある患者は、わたしの古い同僚からの紹介でしたが、アスピリンを多量に投与されていて、私のところにくる前に死んでしまいました。今回の疫病は、私たちのホメオパシーへの信頼をますます深めてくれました。―G・H・ライト医学博士、グレン、メリーランド州

■ドイツのアスピリンは、ドイツの弾丸よりも大勢の人を殺した。―C・J・ロイザックス医学博士、デモイン、アイオワ州

■私は、1889年の疫病とその死亡率に、アセトアニリドが関与したことを覚えています。今度の疫病では、アスピリンとコールタール製剤が病気そのものよりも大勢の患者を殺すことが、私にはよくわかっていました。そして、実際そのとおりになりました。私と同窓の医師が、最近賢くなって、アスピリンが彼の患者を殺していることがわかったので、その使用を止めて、ホメオパシーの療法とほかのさまざまな治療法を用いていると言いにきました。―E・B・フィネリー医学博士、リンカーン、ネブラスカ州

■資料作成のため、私がアンケートを依頼したところ、コネチカットの30人のホメオパシー医がそれに応じてくれました。6602件のうち死亡者は55人で、死亡率は1%未満でした。海上運送の帰路で、私は81人の患者を扱いました。全員回復し、上陸しました。全員がホメオパシーの治療を受けました。ほかの船では帰港の途上で31人の死亡者がでました。―H・R・ロバート医学博士、ダービー、コネチカット州

■ホメオパシーはインフルエンザと肺炎の患者を救いました。コールタール製剤、特にアスピリンは常に悪運をもたらしました。―W・H・ハンシェット医学博士、オマハ、ネブラスカ州

■国際ハーネマン協会をとおして、1万7000件のインフルエンザの症例を収集しましたが、死亡率は4%でした。―G・B・ステーンズ医学博士、ニューヨーク

■私は300件の症例を治療し、死亡者は1人でした。ある優れたホメオパシー医は275件の症例を扱い、死亡者は皆無でした。私は、街の保健衛生官を務めています。古い同窓のひとりが294件の症例を扱い、そのうち死亡者が15人であったと報告しています。古い同窓のレメディーはアスピリンとヨウ化石灰でした。―H・H・クラム医学博士、イサカ、ニューヨーク州

■私は、インフルエンザの症例455件と26件の肺炎を扱い、死亡者は0でした。レメディー、ジェルセミューム、ブライオニア、エイピスなど。―T・G・バーンヒル医学博士、フィンドレイ、オハイオ州

■ホメオパシーのレメディーの重要さが強調された:42人のインフルエンザ患者のうち24人がワクチンを使用していた。そのうち8人が肺炎を発病した。ワクチンは予防薬としては効力がないことが明らかである。―W・L・ラブ医学博士、ブルックリン、ニューヨーク州

■11人の部下が合計で3600件の症例を扱い、死亡者は6人であったと報告が届いている。私自身は、750件を治療し、死亡者が1人であった。主なレメディーは、ジェルセミューム、ブライオニア、ユーパトリュームであった。―F・A・スワートワート医学博士、ワシントンD.C.

■使用したアスピリン、コデイン、ドーベル液が多ければ多いほど、治療に使われるホメオパシーのレメディーもまた多くなり、それだけ回復が遅れました。―ジェイムズ W・ワード医学博士、サンフランシスコ、カリフォルニア州

■キャンプでの肺炎死亡率は25・5%でした。総括の中尉にアスピリン、キニーネ、そしてジギタリスの使用をやめてもらうよう説得したら、死亡率はすぐ15%に落ちました。ほかの薬は全く使用しませんでした。これがひとつの病棟で起きたので、ほかの病棟でも同様の指示が出て、そこでも薬の使用がなくなったら、死亡率が15%に落ちました。―W・A・ピアソン医学博士、フィラデルフィア、ペンシルベニア州

■私は618件の症例を扱い、そのうち5人が死亡しました。そのうちの3人が対症療法の治療を受けていました。―R・A・ファリス医学博士、リッチモンド、バージニア州

■ピッツバーグ病院のある医師が、看護師に彼のやり方よりほかによい治療法を知っているかどうか尋ねた。あまりに死亡者を出していたのである。「ええ、ドクター、アスピリンの使用をやめて、ホメオパシーの薬局でレメディーを買ってきてください」。医師が答えた。「いや、それはホメオパシーじゃないか」「知っているよ。僕が育てた医師がホメオパシーをしていて、死亡者を1人も出していないから」―W・F・エドモントン医学博士、ピッツバーグ、ペンシルベニア州

■インフルエンザが発病してから24時間以内に、優秀なホメオパシー医にみてもらえれば、肺炎が併発されるのは非常にまれだった。大量のアスピリン、サリチル酸そしてアヘン製剤は致命的で、高い死亡率をもたらした。―A・H・グリマー医学博士、シカゴ、イリノイ州

■私は1000人のインフルエンザ患者を治療した。そして、これは私の記録のなかでもすごいことなのだが、死亡者が1人も出なかった。すべての功績はホメオパシーに帰す! それに引き換え、アイルランド―スコティッシュ系アメリカ人の功績はゼロに等しい!―T・A・マッカン医学博士、デイトン、オハイオ州

■ミシガン州、ランシングのマーフィーは、キャンプで325人のインフルエンザ患者を受け持ち、そこでの平均死亡率は20%だったが、彼のホメオパシーの治療法での死亡率はわずか3%にとどまった。―W・H・ウイルソン医学博士、シカゴ、イリノイ州

■1918年の10月、私はおよそ200人のインフルエンザ患者を治療しましたが、死亡者は皆無でした。―W・R・アンドリューズ医学博士、マニントン、ウエストバージニア州

■ノースハンプシャー州、ポーツマスのN・H・ボガー博士は、3331件のインフルエンザの症例を扱い、死亡者はわずか2人でした。また、ミネソタ州、レイクウィルソンのG・G・バスコム博士は300件の症例を治療し、死亡者は0でした。―E・C・プライス医学博士、ボルティモア、メリーランド州

■神の試練の年1919年は、ホメオパシーの治療法がどれほどすばらしく、真実で効果的であるかが証明された年でした。―O・S・ハインス医学博士、フィラデルフィア、ペンシルベニア州

■私はインフルエンザ患者267人を治療し、死亡者を1人も出しませんでした。―A・B・ホウズ医学博士、ブリッジウォーター、サウスダコタ州

■ひと月で65人のインフルエンザ患者を治療し、死亡者を1名出しましたが、それは結核患者でした。―F・C・ソーンヒル医学博士、アルマ、ミシガン州

■モントリオールのある主任薬剤師が、インフルエンザで900人の患者が死んだとT・A・マッカン医師に語った。どのような薬が使用されたのかを尋ねたら、ほかの薬の総計よりもアスピリンがいちばん多く使われているという。指示は3時間ごとに5グレイン錠剤を服用、また重症の場合は、3時間ごとに10グレインを服用という。それ以上の説明は不要であった。孤児院で感染した65人を治療したところ、肺炎等の合併症での死亡は全くなかった。主にブライオニアとジェルセミュームを使用したが、これらのレメディーを使い続けることで、患者はそのまま完治に向かった。―J・G・ディロン医学博士、ファルゴ、ノースダコタ州

■私の経験では、いちばん先に使うのは常にジェルセミュームで、初期の症状には非常に効果がある。―E・B・フッカー医学博士、ハートフォード、コネチカット州

■私の手元にアスピリン1000錠の入った小包が届いた。そのうち994錠が余分であった。私には不要なので、半ダースを人に渡した。私は数種類のレメディーしか使用しない。常にジェルセミュームとブライオニアを処方する。手遅れにならないうちに患者を往診できれば、そして、患者がアスピリンの処方を受けたり、薬局からアスピリンを入手していない限り、今まで死者はほとんど出したことがない。患者がすでにアスピリンを服用している場合は、私が治療しても、肺炎を発病するケースが多い。―J・P・ハフ医学博士、オリーブブランチ、ケンタッキー州

■アスピリンとコールタール製剤は、非常に多くの不必要な死を招く原因となる。どこでも簡単に手に入るアスピリンは薬のなかでもいちばん有害である。すぐに痛みをやわらげるという働きで人を引きつけるが、それはうわべだけでしかない。一部のケースでは、アスピリンは心臓の働きを弱め、生命力を低下させ、軽い症状においての死亡率を高め、回復を遅らせる。すべての症例において、アスピリンは症状を悪化させ、レメディーの選択を難しくしてしまう。アスピリンがどのような病気にも治療効果をもたらさないのは明らかであり、使用を禁じられるべきである。―ガイ・ベッキー・スティアンズ医学博士、ニューヨーク市、ニューヨーク州

■折衷主義の医師1000人を対象に、インフルエンザと肺炎にいちばん効果的な薬はなにかと質問したところ、75%以上が、肺炎にはアコナイトとブライオニアを使用すると答えています。―ロイズ・ブラザーズ、シンシナティ、オハイオ州

■ワシントンD.C.の衛生試験所で異例の実験が行われ、それによると、ワクチンは肺炎に効果がないことが判明した。私たちが使っているレメディーは、ジェルセミューム、ラストックス、ユーパトリュームなど、どれも十分に試されたものばかりで、指示も明確で的確、不変であり、恒久的であることを思うと、彼らのやり方はお粗末としかいえない。―ホメオパシック・レコーダー誌、1920年10月号

■ニューメキシコ州の公衆衛生局で、メキシコ人を対象に、バレチューム・ビリデ、ジェルセミューム、ブライオニアを中心に処方してみたところ、インフルエンザの症状にすばらしい効果をもたらした。ホメオパシーの療法を受けた患者のなかから、死亡者は1人も出なかった。―C・E・フィッシャー医学博士、シカゴ、イリノイ州

■インフルエンザ疫病が発生したときに、なぜ子どもたちのほうが成人よりうまく対処できるかというと、まず一番目に、子どもはかぜを発病すると、すぐに医者に連れて行かれる、二番目は急いで治ることを強要されない、三番目はアスピリンを投与されない、四番目として、ベッドに寝かされる、そして五番目として、適切な治療薬を与えられる、ゆえにうまく切り抜けるのである。―J・P・コブ医学博士、シカゴ

■私が治療したインフルエンザの患者のなかで死亡した人たちは、みな、私が診察する前にアスピリンを飲んでいました。―W・P・ベスト医学博士、インディアナポリス、インディアナ州

■ある心臓はアスピリンに耐えられるかもしれない。また、ほかの心臓は、インフルエンザに耐えられるかもしれない。しかし、アスピリンとインフルエンザに耐えられる心臓というものは存在しない。―テイラー医師、フィラデルフィア、ペンシルベニア州

■ジェルセミュームは心臓に負担をかけず、インフルエンザのあらゆる症状に対して、アスピリンやコールタール製剤よりもはるかに効き目があります。―J・A・ムンク医学博士、ロサンゼルス、カリフォルニア州

■患者の多くがインフルエンザとインフルエンザ肺炎の予防薬として、アスピリンの服用をすすめられていた。ある女性は48時間の間に240回量のアスピリンを服用していた。その後、体に赤い斑点があらわれたため猩紅熱と診断され、病院に送られた。病院(ハイネス・メモリアル)を訪れる患者の多くが、体の中が大量のアスピリン、コデイン、モルヒネ、ジギタリスでいっぱい詰まっていた。関係官庁の職員たちは、私たちの病院で実施されているホメオパシーの治療に感心していた。ホメオパシーのやり方全部に賛成していたわけではないが、ボストンの街は、インフルエンザへのすばらしい治療法をもっていると感じているようであった。―サムエル・クレメント医学博士、ボストン、マサチューセッツ州

■「かぜ」が流行している間、ほとんどすべての患者が、アスピリンを服用していた。彼らのほとんど全員が、アスピリンは痛みを取り除いてくれるし、「体にも害がなく」、すばらしい薬であると信じ込んでいた。結果として、少しの間、不快な症状を我慢したならば、死ななくてもすんだ患者が何千人もいたのである。彼らは毒皿の周りに群がるハエのように、ばたばたと死んで行った―「科学」が彼らの命を「助けよう」と最善を尽くしたにもかかわらず。―A・F・ステーブンズ医学博士、セントルイス、ミズーリ州

■私たちは、陸軍訓練生部隊のなかのインフルエンザ患者300人を治療していたが、死亡者は1人も出なかった。ジェルセミューム、ブライオニア、そしてファーランフォスを中心に治療を進めた。アスピリンの大量投与によって回復が遅れた場合だけ肺炎を併発した。―C・B・ストウファー医学博士、アナーバー、ミシガン州

■最初の「かぜ」疫病で、およそ150人の患者を治療したが、主にジェルセミュームとブライオニアを使用した。数人が肺炎を併発したが、私が最初からみた患者には一度も起こらなかった。私の患者で1人だけが死亡したのは60歳の男性で、ぜんそく持ち、しかもこのミネソタに冬の厳しい季節に派遣されていて、死因は敗血症性肺炎であった。―ウイン・E・レオナルド医学博士、ミネアポリス、ミネソタ州

■私はおよそ50人のインフルエンザ患者を治療しました。そのうち2人が肺炎を併発していて、そのなかの1人が妊婦でした。全員が回復しました。使用した主なレメディーはジェルセミュームとブライオニア、そしてラストックスでした。―ウイム・ボエリック医学博士、サンフランシスコ、カリフォルニア州

■私は、100件以上のインフルエンザと肺炎の症例を扱い、そのうち死亡者は2人でした。そのうちの1人は、私が往診に呼ばれる前に、1週間アスピリンをとり続け、すでに肺炎を起こしていました。また、もう1人はきわめて悪性で、発病時から高熱を出していました。使用したレメディー:ジェルセミューム、ユーパトリューム、ブライオニア、その他。―C・P・ブライアント医学博士、シアトル、ワシントン州

■私は500人ほどの患者を治療しましたが、肺炎を起こしている人がかなり含まれていました。そのうち死亡者は2人でした。アスピリンは絶対使わず、患者にも独断で使わないように指示しました。使用した主なレメディーは、ベラドーナ、ジェルセミューム、スティクタ、そしてのどの症状にはマーキュリアス、ネイチュミュア、ケーライミュアでした。―A・B・パルマー医学博士、シアトル、ワシントン州

 上記に紹介したのは、アメリカのホメオパシー医たちの、スペインかぜ流行時における一部の経験にしかすぎません。そして、世界各国の大勢のホメオパシー医たちもまた、このような体験をしていたにちがいないと信じます。

 イギリスのドロシー・シェファード医師からは、急性流行病におけるホメオパシーのすばらしい成功談が届いています。

 インフルエンザがいまさらなんだと言うのでしょう? 私たちは毎年その疫病の穏やかなタイプを経験しているし、およそ30年ごとにその悪性タイプがやってきて、地球人口の4分の1を襲い、暴れ回り、数千人の命を奪っていくのを知っています。過去の疫病で記憶にあるのは、もちろん1918年の出来事で、戦争に疲れ果てていた人々の数多くがさらわれていきました。ホメオパシー的治療におけるインフルエンザの死亡率が記録に残されているかどうか、私にはわかりません。ここでは、当時私が扱ったインフルエンザのさまざまなケースの治療において、レメディーがどれほど役立ったかを、私の個人的体験から述べるにすぎません。一度の治療で100件以上、ほとんど150件に近い症例を扱いました。金持ちも貧乏人も、老いも若きも、また女性も男性も関係なく、すばらしい成果をあげました。症例は無選別でした。その一部は、最初の診察では深刻な症状―高熱や気管支に関する―を発症していましたが、まもなく症状がやわらいでいきました。そして、熱はほとんどの場合、24時間から48時間後には鎮まりました。患者には熱が平熱に戻った後も、絶対安静を指示し、食事は薄めた果物のジュースだけで、ミルクもお茶も禁じました。結果は、シリーズ全体で1人の死亡者も出ず、それに続く合併症もありませんでした。

 上記に報告されている事例のもっとも卓越している点は、これらのホメオパシー医たちがウイルス性感染症へのアスピリンの致命的な影響を認識している事実です―ウイルスが発見される15年以上も前、そしていまだアスピリンとライ症候群との関連性が明らかにされていない当時においてです!

 これらのホメオパスたちは、疫病の間、病名が特定されずとも、それに右往左往することがありませんした。ただ患者のベッドのそばに心細そうに立ち、頭を掻きながら、自分の患者はいったいなんの病気で死にそうになっているのか、また、それにどうして対処したらいいのかを思いあぐねるなどというのは、彼らのやり方ではなかったのです。彼らには「病気の名前」など必要ではなかったのです。彼らは、素直にホメオパシーの培われた実践に従いました。彼らは症例を綿密にまた的確に把握し、それにしたがって、彼らの前にその時提示されていた症状と適応するレメディーを処方したのです。そして、あとはレメディーと患者自身の持つ生命力に任せたのです。

2012年2月 3日 (金)

ホメオパシージャパンカード停止事件(3)

日本ホメオパシー医学協会発行の『ホメオパシー新聞』に“「Strangeな日本」 ICH国際電話会議より”というタイトルの記事が出ていました。

http://homoeopathy-life.cocolog-nifty.com/news/2012/02/strange-ich-125.html

定例の28カ国、30団体からなる国際ホメオパシー評議会ICHの国際電話会議が行われ、そこでくだんの「ホメオパシージャパンカード事件」が取り上げられたようです。海外の反応はというと、

ICHのメンバーからは、JCBの対応について、

「日本はとてもおかしい!」
「日本でしばしば奇妙なことが起こる」

との声が相次いだ。

とのことです。

 当たり前ですね。200年の伝統があり、政府がホメオパシーを代替医療として認めている国が、イギリス、フランス、ドイツ、ベルギー、イタリア、スイス、オランダ、ポルトガル、ブルガリア、ハンガリー、リトアニア、ルーマニア、オーストリア、ロシア、メキシコ、キューバ、チリ、コロンビア、コスタリカ、エクアドル、南アフリカ共和国、インド、パキスタン、スリランカ、シンガポール、マレーシア、カナダなどなどあり、全世界的にホメオパシーが使われているにもかかわらず、海外も含めホメオパシーの商材を扱う全ての会社との契約を解除するというJCBの発言を聞いたら、「日本はとてもおかしい!」と言われてもしかたがありません。

 しかし、今回の記事で一番注目したのは以下の部分です。

ここから『ホメオパシー新聞』より引用

※1「ホメオパシーを阻止する大きな力が働いた」=米国医師会

ロックフェラー(J.D.Rockefeller)やケタリング(CharlesKettering)といった大企業のリーダーたちも、成人後は一貫してホメオパシーのケアを受けており、ホメオパシーを評価していた。ホメオパシーを「積極的で進歩的な医療手段」と形容していたロックフェラーは、九七歳まで生きた(九三歳で亡くなった彼のホメオパスよりも長生きしている)。一方のケタリングは、アメリカの二社の大手企業(ナショナル・キャッシュ・レジスター社とゼネラル・モーターズ社)に、ホメオパシー医によるケアが受けられる従業員用クリニックを開設するように働きかけている。彼本人も、ホメオパシー医であるマッキャン医師(T.A.McCann)のケアを頼りにしていた。そのケタリングの協力のもと、オハイオ州立大学は一九一四年にホメオパシー医学を教える学部を設けた。

一九二〇年、そのホメオパシー医学部に研究所を付設すべく、ケタリングは一〇〇万ドルを寄付している。しかしまもなく、米国医師会の代表が学長に学部の閉鎖を強く働きかけ、ホメオパシー医学を教えれば医学認定の剝奪もありうると警告した(Roberts、1986)。その会談の直後、大学側はケタリングに寄付金を全額返却し、ホメオパシー医学部を閉鎖している。

薬の販売では途方もない額の金がもうかるが、われわれの多くは、巧みなマーケティング戦略によって、医薬品のこのような「景気の良い」側面から目をそらされたり、やむを得ないことだと思ってしまいがちである。

こういうことだ。ゴリラが家の中にいるのに、ゴリラがいると言おうものなら、ほら吹きか変人呼ばわりされてしまう。このゴリラは昨日や今日生まれたわけではなく、何世代にもわたってここで成長を続けているこのゴリラは、相手側が協力を求めようと求めまいと、競合する勢力を排除しようとする自己防衛本能をもっている。いかなる競合勢力も、繰り返し徹底的に攻撃を受ける。

ホメオパシーの歴史は、医療のこのような一面を明らかにしている。というのも、米国医師会は一八六〇年から二〇世紀初頭にかけて、その倫理規定に、会員はホメオパシー診療を行う医師に相談してはならず、ホメオパスを受診している患者を治療することも許されない、という条項を設けていた。医療史上、医師が瀉しゃけつ血によって患者を死亡させたり、水銀などの腐食剤を日常的に処方していたような時代に、米国医師会にとってとがめるべき行為であって起訴に値するとされた唯一の行為は、ホメオパスを受診するという「罪」だったのである。

事実、一八八一年にニューヨーク州の医療機関が、学問上の資格の種類を問わず、ホメオパシーを利用する医師にも会員資格を認めたことがきっかけで、ニューヨーク州医師会が米国医師会から丸ごと締め出されてしまった。ニューヨーク州医師会がようやく米国医師会に復帰できたのは、二五年も経ってからのことである(Walsh,1907,p.207)。

世界の一流有名人がホメオパシーを選ぶ理由(ホメオパシー出版)より引用

『ホメオパシー新聞』からの引用終わり

 「ゴリラが家の中にいるのに、ゴリラがいると言おうものなら、ほら吹きか変人呼ばわりされてしまう」

 けだし名言です。ほら吹きか変人呼ばわりするのは、当のゴリラたちです。このゴリラたちは、徒党を組んで、ホメオパシーに肯定的な全ての人をみさかいなくほら吹きか変人呼ばわりすることを生業としています。そして、このようなゴリラたちがいるということを暴露しようものなら、やっぱり、一斉にほら吹きか変人呼ばわりされてしまいます。

 ホメオパシーが効くと言えば、一斉にほら吹きが変人呼ばわりされ、ホメオパシーを少しでも擁護すると、一斉にカルトの信者か変人呼ばわりされてしまいます。そしてやがて人々は真実を言うことをあきらめてしまいます。もちろんゴリラたちの狙いはそこにあります。

 しかし皆さん、もうこんなゴリラ芝居はやめませんか? 勇気をもって本当のことを言いませんか?

ベンベニスト博士――タブーの実験をしたために転落した科学者

ホメオパシーに科学的根拠があると困る人々によって、似非科学者に仕立てられたベンベニスト博士は、本当に似非科学者なのでしょうか? ベンベニスト博士が科学者としてどういう経歴の持ち主だったのかをここでご紹介したいと思います。

Jack Beveniste(ジャック・ベンベニスト)
フランス人科学者。

1951年、レベルA の成績で高校を卒業し、1960年、パリ大学医学部を首席で卒業します。1960~1967年の間は、パリ大学にて医学の教鞭をとり、ジュニアホスピタル勤務し、国から認証されたコンサルタント医師になります。

ベンベニスト博士は、原理(パラダイム)に矛盾することを観察した場合、それをより深く考察することにしていました。

ベンベニスト博士がある発見をするまで、異なったタイプの細胞は互いに“協力”しないとみなされていました。たとえば、ある白血球はバクテリアを排除するし、別の白血球は抗体をつくる。赤血球は酸素を運び、血小板は凝固を可能にする等々です。

しかし、ベンベニスト博士は白血球と血小板は腎臓に病変を形成するのに協力していることを発見し、白血球と血小板の協力を可能にしている物質の分離に成功しました。

この物質が有名な、PAF(血小板活性化因子)という神経伝達物質です。PAFという名前はベンベニスト博士が名付けたものです。ベンベニスト博士は、異なった細胞間の協力可能性を世界ではじめて確認した科学者です。

それだけでなく、当時、神経伝達物質は蛋白質性でしかありえないとされていたましたが、ベンベニスト博士の発見した神経伝達物質PAFは、脂質性であることも判明しました。こちらも世界で初めての発見です。

このときのことをベンベニスト博士は次のように語っています。

「科学的に異端であるものを二つも発見するとは、ついてなかった」

ベンベニスト博士はさらに、白血球(好塩基球)の性質を特定する技術を確立し、アレルギー発症において、ある特別な働きをする細胞が、炎症、特に腎臓と関節における病変をつくり出すことに貢献していることを発見しました(*)。

(*40年後に至ってもこの発見は免疫学の知識のコーパスのなかに完全に組み込まれていないし、実際の治療学においてはなおさらです。病気をつくり出すメカニズムについての研究が消されてしまったといわざるをえません。この経緯については『真実の告白――水の記憶事件』(ホメオパシー出版)を参照してください)

1972年、ベンベニスト博士はこの発見をこの分野では最も権威ある雑誌の一つ、『Journal of Experimental Medicine(実験医学ジャーナル)』に発表しました。

1974年、神経伝達物質PAF‐acetherに関するベンベニスト博士の論文の一つが、イギリス科学週刊誌『ネイチャー』に掲載されました。そのなかでベンベニスト博士は、ウサギの神経伝達物質は人間の体内にも同様に存在すると述べています。

1977年、再びネイチャーから論文掲載の依頼を受け、ベンベニスト博士はその中でこの神経伝達物質の構造を明らかにしました。

神経伝達物質PAF‐acetherとアレルギーを引き起こす物質の一つであるヒスタミンに関するベンベニスト博士の研究は1979 年に完成し、『Compte rendus de l'Academie des sciences de Paris(CRAS)(パリ科学アカデミー報告)』のなかにPAFの構造を明確にした論文を発表しました。

『パリ科学アカデミー報告』の歴史を通しても、この論文は国際的な科学雑誌にもっとも頻繁に引用されたものの一つです。

このようにベンベニスト博士の経歴は、科学者として超一流であり、アレルギーと炎症における免疫システムの大家であった科学者です。生涯の間に発表した論文数は300を超えています。

1984 年、フランス首相より「Sir.(卿)」の称号を授与されています。そして、1985 年、CNRS(国立科学研究センター)から癌研究で銀賞を受賞しています。

こうして、科学者として輝かしい功績をもつベンベニスト博士は、ノーベル賞を受賞するだろうと目されていた人物でした(もちろん『水の記憶事件』が起きるまでですが…)。

そして運命の 1988 年、イギリス科学誌『ネイチャー』への「高希釈された抗血清中の抗免疫グロブリンE(抗IgE抗体)によって誘発されるヒト好塩基球の脱顆粒化」と題する歴史的論文の発表によって、彼は転落の人生が始まります。詳細は、『真実の告白――水の記憶事件』をお読みください。

上記の経歴を見るとわかるようにベンベニスト博士をインチキ科学者であるとか、似非科学者であるとか、揶揄することがどれだけ的外れで無知なことであるかが理解していただけると思います。

もしあなたが科学者ならば、ダーウィンが行った実験をやってみてください。ベンベニスト博士が行った実験をやってみてください。水が原物質の情報を保存しているとしか考えられない現象を目にするでしょう。

しかし、その論文が一流科学雑誌に掲載されることはないでしょう。無視されて終わりです。もしあなたが有名な科学者だったら、もしかしたら掲載されるかもしれません。しかし掲載されたが最後、ベンベニスト博士のように研究することができなくなり、笑いものに仕立てられるでしょう。だから結局、誰もやろうとしないのです。

事実は目の前にあるのに、皆で見ないようにしているのです。ある科学者の言葉です。「水が情報を保存するなんて当たり前のことさ。でもそれじゃビジネスが成り立たなくなってしまうだろ。だからみな黙っているのさ。生き延びるためにはとにかく金がなくてはならない。だからそんな事実なんか誰も知りたくない、それどころか全く迷惑に思っているのだよ」

これが現実というものです。

その後、ベンベニスト博士の研究はデジタル生物学に移行しています。ベンベニスト博士のデジタル生物学が正当に評価されていたら、今頃医学は全く違ったものになっていたと思います。デジタル生物学については、そのうち紹介したいと思います。

ベンベニスト博士は、1998年、来日し、ロイヤル・アカデミー・オブ・ホメオパシー(現、カレッジ・オブ・ホリスティック・ホメオパシー)主催で日本初講演を行いました。参加者の中にはソニーの井深氏もいたそうです。ベンベニスト博士はソニーとの共同研究を切望していましたが、残念ながらそれは実現しませんでした。

2012年1月30日 (月)

ダーウィンはホメオパシー治療を受けていた!

 さて、自分自身で実験してみるという当然あるべき科学者としての姿勢をもっていたダーウィンでしたが、やはり当時からある学説(薄めたものは効果がない)への信念からか、自分自身、身をもってホメオパシー治療の効果を体験したにもかかわらず、それを受け入れることを拒んでいたようです。

 しかし、やはり具合が悪くなると再びダーウィンはホメオパシー医師の元を訪れています。心でホメオパシーを否定しても体は知っているのでホメオパシー治療を求めてしまうのでしょう。ホメオパシー治療で元気になると(つまり喉元過ぎると)ホメオパシーを否定し、病気になるとホメオパシー医師に頼らざるを得ないダーウィンの葛藤たるや想像に難くありません。よく分裂しなかったと思います。

 自分自身で実験してみるという科学的姿勢はもっていたものの、自分自身の経験を通してホメオパシーを客観的に評価する科学的姿勢については欠けていたようです。

 『世界の一流有名人がホメオパシーを選ぶ理由』(ホメオパシー出版)から要約して紹介したいと思います。

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 1837年前後から実に12年もの間、ダーウィンは胃の痛み、嘔吐、ひどいはれもの、動悸、震えなどの症状にたびたび襲われていた。シャーガス病やメニエル病などに侵されていたとの説があるが、当時は何の病気か皆目わからず、どんな治療を施しても悪化の一途をたどっていった。

 その後も失神の発作や視界に斑点が見えたりする症状が2年ほど続き、父親の葬儀も体調不良で欠席したダーウィンは、ついにホメオパスであるジェームズ・ガリー医師のもとを訪れる。『種の起源』を出版する約10年前のことである。

 ガリーはエディンバラ大学医学部の卒業生で、当時の一般薬の使用には真っ向から反対していた。療養所に滞在しはじめたダーウィンは、ホメオパシーは信用していないと言う一方で、「ガリー医師のことは気に入っている―彼は間違いなく有能な人間だ。話すことが父親そっくりなことには驚かされる」とも言っている。

 ガリーを同じく医師だった父親に重ね合わせ、有能と考えていた事実をもってしても、ホメオパシーを信用することはできなかったようである。

 しかし、このように極めて懐疑的だったダーウィンも、その数日後には、治療の効果が表れてきたことを認めている。16週目には生まれ変わったかのような感覚を味わい、6月には自宅に戻って研究を再開することができた。

 ホメオパシーが当時、主流派の医師や科学者から敵対視されていたこと、斬新な進化論を世間に示しはじめたころであることを考えると無理もないが、ホメオパシーによって大幅に健康状態が改善したことを、ダーウィンが公に述べることはなかった。

 また、初めてガリー医師を訪ねた日から1年半後、ダーウィンは私信の中でホメオパシーへの疑念を吐露している。ごく微量の投与は何の手も講じないことと変わりないのではないか、という内容である。

 しかしダーウィンの症状は長年の間に時折ぶり返し、そんなとき彼はガリー医師のもとを訪れて治療を受けている。これは、真に効果のある治療法の本質にかかわることを裏付けている。つまり、本当に効く治療法は、患者がその効き目を信じていようが信じていまいが効くということである。

 ダーウィンの話に関してもう一つ興味深いのは、ダーウィンが自己の経験を通じて、好転反応について自然のうちに学びとっていたということである。つまり、体に現れる症状は薬によって抑圧すべきものではないということを体験的に理解していたようなのである。

『世界の一流有名人がホメオパシーを選ぶ理由』(ホメオパシー出版)から要約。

ダーウィンはホメオパシーの有効性を実験で証明していた!?

 自称科学者に対して知性ある人が抱く一般的な感想に対して、さっそく当事者が反論しているとの情報がありました。

 しかし、現在の科学者の問題は、権威に対して盲目的過ぎるというのはその通りだと思います。権威すなわち学説を盲目的に信じ、自分で検証してみるという科学者として最も大事なことが欠落しているように思うのです。もし科学者が科学者としての立場から発言するのであれば、自分で実際に実験してみるべきだと考えます。

 少なくともホメオパシーが有効だとする学説があり、ホメオパシーの有効性を示す膨大な臨床データが存在するにもかかわらず、それらを無視し、原物質を含まない水が体に何らかの影響を与えるわけがない、という根拠のない学説??を無条件に信じ、科学的にあり得ないと発言するのはそれこそ荒唐無稽ではないかと思うのです。

 その点においてダーウィンは、ホメオパシー治療を受け、その効果を実感し、ホメオパシーの超微量投与が本当に生体に影響を与え得るのかを確認するために自ら実験を行ったという点において、科学者として正しい姿勢であると言えます。

 もっとも自称科学者は、ダーウィンの実験を読んでも、これは物質がまだあるからその物質に反応しただけでホメオパシーの有効性の証拠にはならないと主張するでしょう。確かにそうかもしれません。しかし、もしダーウィンがベンベニスト博士のように希釈しんとうを推し進めたとしたなら、やはり同じような現象を目撃していたと思います。

 間違った学説が学説としてまかり通り、その学説に合わないものはトンデモ科学にして葬り去るということがずっと行われてきています。どうしてこうなってしまうのかは、自分の権威を守るためだったり、ホメオパシーのような学説が認められるといろいろな面で困る人々が、マスコミや学界を使って間違った学説を信じませているからだったりします。

 ここでは、科学者として本来あるべき姿、自分自身で実験する姿勢を学んでもらうためにも、ダーウィンのホメオパシーの実験について『世界の一流有名人がホメオパシーを選ぶ理由』(ホメオパシー出版)から要約して紹介したいと思います。

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 ホメオパシーの少量投与にインスピレーションを受けたことが一因で、ダーウィンは超微量投与の効果を見極めるために、ホメオパシー薬の原料としてもよく使われる食虫植物・モウセンゴケを用いて、いくつか実験を行っている。この植物は、特定のアンモニウム塩を溶かした溶液を垂らすと、触毛の腺が刺激されて内側に丸まることに彼は気づいた。

 そこで彼は溶液をどんどん薄めてみたが、それでもこの植物はアンモニア塩の存在を感知した。

 1874年、ダーウィンは著名な生理学者F・C・ドンダース教授にあてて、1グレインの四百万分の一に薄めてもモウセンゴケに作用したことを確認し、「さらに結晶化したアンモニウム塩を二千万分の一に薄めても、やはり結果は同じだった」ことを伝え、「このような内容を公表するのは、はなはだ気が重い」と言っている。
※1グレインは0.0647グラム

 この観察結果にひどく驚いたダーウィンは、何かの間違いではないかとあらゆる要素を点検し、何年もかけて観察を繰り返し、二人の息子の協力も得て、その事実を確認した

ダーウィンはモウセンゴケの実験について記した著書の中で、ごく微量であっても植物が特定の化学物質に対して過敏に反応することへの驚嘆をあらわにしている。「しかも人体の中で最も敏感な部位さえしのぐようなこの極度の過敏性や、種々の刺激を葉の一部分から別の部分に伝達する力が、神経系の介在なしに得られている」。

 一方でダーウィンは、モウセンゴケがどんな物質に対しても敏感であるわけではないことにも気づいていた。彼は、人間や、神経系をもつ動物に強力に作用するさまざまなアルカロイドやその他の物質についても実験を行ったが、モウセンゴケには何ら影響がなかった。

 そして「葉の別の部位に作用を伝達し、動きを引き起こしたり、分泌を調整したり、凝集させたりする力は、拡散されて神経組織と結びついた成分の有無に左右されるわけではない」と結論づけた。生命体が特定の物質にだけ過敏に反応するというホメオパシーの重要な考え方を、ダーウィンは確かめていたことになる。

 しかし、主流派の科学者たちがホメオパシーに対して敵対的な態度を示していたなか、その知見を公表することはなく、「ホメオパシー的用量」という言葉を出版物のなかで使うこともなかった。

世界の一流有名人がホメオパシーを選ぶ理由(ホメオパシー出版)より要約
次は、ホメオパシーに懐疑的だったダーウィンの興味深いホメオパシー治療体験談について紹介したいと思います。

2012年1月28日 (土)

ホメオパシージャパンカード停止事件(2)

ホメオパシージャパンカード停止事件

クレジットカードについての新着情報についてのご質問
http://www.homoeopathy.co.jp/20120126_info.html

で興味深く思ったのは、以下の部分です。

■1月25日16:56
…中略…
J-CASTニュース様の取材意図やホメオパシーに対する見解を明確にするためにホメオパシージャパンから以下の取材をさせていただきました。
以下略

つまり、取材する立場のJ-CASTニュースを逆に取材しているという点です。
これはある種の同種療法と言えるのではないでしょうか?
この発想はさすがに『ホメオパシー新聞』を発行してマスメディアに対抗した日本ホメオパシー医学協会(JPHMA)だなと感心してしまったわけです。

で、ならば、JPHMAの取材班は、もっともっと取材の幅を広げてはと思います。
朝日新聞は外せないでしょう。読売、毎日など。
また、日本学術会議も外せないでしょう。「荒唐無稽」発言をした唐木さんですね。
『ホメオパシー新聞』で大きく取り上げられていた黒岩さんを取材してもおもしろいと思います。

たとえば「ホメオパシーは明確に否定されている」発言をした唐木さんに、その根拠としたランセットの論文が欠陥論文(インチキ論文)であること、ネイチャーに掲載された「ベンベニスト博士の実験は幻だった」とする論文がやらせ論文であること、そしてホメオパシーの有効性を示す膨大な論文などについてのインタビューをすべきではないでしょうか?

そして取材に応じない場合は訴えたらよいと思います。

たとえばホメオパシーの科学的根拠について、ベンベニスト博士の論文があります。二重盲件による有効性を示す論文もたくさんあります。ホメオパシーの著しい有効性を示す論文は膨大です。


■ホメオパシーの科学的根拠について

ホメオパシーをプラセボだと言う人もいますが、動物にも植物にも有効であることから、ホメオパシーの有効性はプラセボ以外のところに求められるべきです。
また、ホメオパシーの有効性に対する科学的根拠もあります。
科学的根拠に関しては1988年に有名なイギリスの科学雑誌ネイチャーに掲載されたベンベニスト博士の論文(『高希釈された抗血清中の抗免疫グロブリンE(抗IgE 抗体)によって誘発されるヒト好塩基球の脱顆粒化』ですでに水の記憶に関しては証明されています。
すなわち科学的根拠があります。

ベンベニスト博士がネイチャーに掲載された翌年、同じくネイチャーにベンベニスト博士の実験は幻だったとする反対論文が掲載されました。この論文が掲載されるに至った経緯、卑怯な手口などについては、ベンベニスト博士の遺稿となった『真実の告白──水の記憶事件のすべて』(ホメオパシー出版)に全て書かれています。この本を読んだなら、誰も水の記憶をトンデモ科学と言ったり、ベンベニスト博士を似非科学者と言えなくなります。

超伝導体に関する研究でノーベル物理学賞を受賞したブライアン・ジョセフソン教授も、ベンベニスト博士を支持し、『水の記憶事件』の序文を書いています。

また、1988年ネイチャーに発表される前に、イタリア(ミラノ)とカナダ(トロント)とイスラエル(テルアビブ)にある3つの研究所でベンベニスト博士の実験結果が再現されています。
またフランスマルセイユのある研究所のアレルギー学の大家も肯定的な結果をベンベニスト博士に送ってきます。ですからネイチャーも論文掲載に踏み切ったという経緯があります。

さらに、その後、ベルファースト・クイーンズ大学のエニス教授によるベンベニストと同様の研究、およびフランス、イタリア、ベルギー、オランダの別々の4大学で行われた追実験により(Belon et al1999)、ベンベニスト博士の研究結果の基本的妥当性が確認されています。

エニス教授自身も実験を2回行っています(Brown &Ennis 2001)。
興味深いことには、4 大学による追実験はベンベニストの研究の欠陥が明らかになることを想定して正確に科学的な評価を行おうと、クイーンズ大学が扇動し、その調整の下に実施されたものです。
ベンベニストの研究結果の有効性と第三者による再現可能性が明らかにされたことは、ホメオパシーの基礎研究にとって非常に大きな意味をもちます(Belon2004:Fisher 2004)。

そもそもホメオパシーがインドの第一医学となっており、ヨーロッパ各国で非常に多くの医師がホメオパシー治療をしているという事実、それによって何万人という人が改善したという事実、毎日改善実績を蓄積しているという事実に対して、科学的根拠がないからインチキだとか、ホメオパシーが効くわけがないなどというのは、理に適っていません。
プラセボ効果の期待できない、動物、赤ちゃん、乳児にも劇的な変化を見ることもしばしばです。

水分子は激しく運動しているので、記憶ができるわけがないなどという記述を見ることがあります。しかし、ミラノ大学の理論物理学者Emilio del Giudiceは、ミラノ大学の物理学者とともに、水がその構造を長期保持できる理由(すなわち、水が長期記憶を保持できる理由)を量子物理学的に明らかにしています。

以前は、水素結合の力は弱くクラスターは不安定で絶え間なく崩壊と形成を繰り返していると考えられてきましたが、現在では、そういう無秩序な水の部分以外に、クリスタルのように秩序だっていて液晶化している水の部分が存在することがわかっています。この部分の水の水素結合は流動的な部分の水の20倍もしっかり結合していることがわかっています。

結論から言うと水は、原物質の電磁的な振動情報を記憶保持できるということがわかっています。生体はそれを認識し反応していると考えられます。いずれにせよ、希釈振盪した水の中には原物質の痕跡がなんらかの形で残っており、それを生体は感知することができるということは確実に言えます。

いずれにせよ、今の科学で証明できないからと言って、非科学的であると批判する態度こそ、非科学的な態度であり、理論に合わない現象が観察されたら、それは既成の理論が間違えていたということであり、新しく観察された現象を含めて包括的に説明できる新しい理論が求められているということです。
(JPHMAより引用)

2012年1月27日 (金)

ホメオパシージャパンカード停止事件

ホメオパシージャパンのホームページでJCBクレジットカード会社が一方的にホメオパシージャパンとの契約解除したことに関連して興味深いやりとりがアップされていました。

クレジットカード決済についてのお知らせ その2
http://www.homoeopathy.co.jp/20120125_info.html

クレジットカードについての新着情報についてのご質問
http://www.homoeopathy.co.jp/20120126_info.html

真相はよくわかりませんが、結局ホメオパシーが社会的に認知されていないから???らしいです。つまりは、ホメオパシー商品を扱っているから取引停止という、およそ海外ではあり得ない、聞いたらびっくり仰天するお話です。いったい日本はどうなってしまったのでしょうか?

まさかとは思いますが、ネット上で意図的にホメオパシーバッシングをしている特定のグループの言われていることをJCBともあろう会社が信じてしまったのでしょうか?もしそうだとするとJCBは調査能力ゼロの三流会社ということになってしまいます。

普通に少し調べれば彼らの言われていることは根も葉もない嘘であることはすぐわかることですし、権益団体(ホメオパシーが普及してはこまる団体)から指令を受けてやっていることはばればれです。でなければホメオパシーが非常に優れた医学であることを示す膨大な証拠をなぜ無視し続けるのかの説明がつきません。

ホメオパシーバッシングの真相を明らかにした『毒と私』(幻冬舎)は、検索エンジンで検索すると否定的なものが上位に並びますが、否定的な書評を書いている本人が肯定的な書評が上位にこないように必死でSEO対策している、と本当のことを口を滑らせてしまっていました(笑)。つまり、それが彼の仕事なわけです。

ただ、間違った科学学説を狂信的に信じ込まさせる科学宗教をある意図をもって布教している組織があり(もちろん、そういう宗教に入信している科学者は自分がまさかそういう宗教の信者になっているなどとは露ほども思っていませんが、それこそがこの宗教の特徴となっています)、まんまと引っかかってしまい、入信している自称科学者は実際います。本人は自分は正しいと思っていますから、自分の異常さに気づくことができません。

つまり、事実を無視することは本来科学的態度と真逆なのですが、そのことに気づけないほど、自分と自分の思考を客観視することができなくなっているのです。

そして、その意図的に吹き込まれた学説と言われる教義を狂信するがゆえに、それを否定されることへの多大な恐れから、被害妄想的に、事実に基づく正しいことを言う人を必死になって否定しなければならなくなるのです。

つまりはひどくおびえた犬のように、とても臆病なために、わんわんしつこく吠えて騒ぎます(というか、わんわん吠えて騒がすにはいられないのです)。こういうタイプの人は自分を守るために必死ですから、しつこいのが特徴です。さらに、目が見えなくなっており(つまり、ぼんくらになっており)、聞く耳もちませんから手に負えません。ですから相手にしないことが一番です。

いずれにせよ、意図して嘘をついているにしても、意図せず嘘をついているにしても、彼らにとって都合の悪いことを無視しなければならない理由が必ず存在します。

結論としては、ネット上の嘘の情報にJCBがだまされることはないとしても、嘘や否定的情報を仕事として必死でばらまかなければならない人々が存在するということは、当然彼らに報酬を渡している人々が存在するということで、その人々が、JCBに直接圧力をかけた可能性もあるわけです。

で、今回これをブログでとりあげたのは、http://www.homoeopathy.co.jp/20120126_info.html
の最後のコメントに感銘を受け、紹介しようと思ったわけです。

以下に紹介します。

Q8 なぜ、このような事態になったのか、どのように考えていらっしゃいますか。

A8 ホメオパシーのような安価で効果の高い療法が広まっては困る人々、日本国民が目覚めては困る人々によるホメオパシーつぶしの一環と考えます。日本には、日本人か海外の人かわかりませんが、本当によいものをつぶそうとする多くの人々がいます。しかし、ホメオパシーバッシングを扇動している一部のマスメディア、そしてネット上でホメオパシーバッシングを扇動している自称科学者、医師、一般人の皆様も、私たちが自然治癒力を否定することの愚かしさ、嘘の情報にだまされていることの愚かさに気づくために、私たち自身を映し出す鏡の役目をしてくれているものと考えています。ですから、私たちがしなければならないことは、彼らの使命に報いるためにも、彼らを見て、彼らの発信する情報を鵜呑みにしない、そして彼らのようにならないよう、一人ひとりが自然治癒力の大切さに気づき、虚偽の情報にだまされることなく、自分で何が真実かを調べることが大切と考えます。もちろん、彼らが発信する情報のすべてが虚偽であると言っているのではありません。真実ももちろんあるでしょう。意図的に真実の中に嘘を混ぜて発信している人もいれば、意図せず嘘の情報を信じ発信してしまっている人もいるでしょう。それらを含めて、私たち一人ひとりが嘘と真実を見極める目をもつことが大切ということです。

2012年1月25日 (水)

癌ホメオパシープロトコルの第一人者、プラティップ・バナジー先生からメッセージ届く

ホメオパシー出版からバナジーさんに、癌ホメオパシープロトコルの一部が紹介された本が出版されたことのお祝いの言葉をお伝えしたところ、以下のメッセージをいただきました。
世界中の医師から講演依頼が絶えないバナジー親子と由井学長が手をつなぎ真に有効なホメオパシーが広まると一気に世界のホメオパシー事情が変わる可能性があります。そしてどうやらそれは今のようです。お二人の今後の動向が楽しみです。

【和訳】

由井先生は、私達のシステム(ホメオパシー)にとって最高の先駆者であり指導者です。
ホメオパシーは、私達の愛と情熱が結合したもので、人類に対して良い事をしようという意欲をかき立てます。
そして、その時は今です。

敬具
プラティップ

2013年11月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
Copyright (C) 2012 Homoeopathic Publishing Corporation Ltd. All Rights Reserved.