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2012年2月17日 (金)

アメリカにおけるアロパシー医学 VS ホメオパシー医学の歴史(その3)

アメリカにおけるアロパシー医学 VS ホメオパシー医学の歴史(その3)

米国医師会はホメオパシーを叩きつぶすことを目的にしていたと言うと、いつも同じ人が根拠のない反論をします。ホメオパシー叩きはいつの時代にも宗教的(非科学的)なものです。どんなに科学的に説明しているように見えても、実際のところ事実を無視している時点で非科学的であり、つまりはゴリラが目の前にいるのに、それを見ないで、あれこれこじつけてゴリラはいないと説明しているにすぎません。そしてそれを皆に信じ込ませようと躍起になります。いわゆる布教活動に精を出すのも特徴です。そしてホメオパシーを信じる者を異教徒扱いして断罪したりします。実際にホメオパシーを使われるとホメオパシーの正しさが証明されると自分が間違っていたことになり、それが怖いのです。ホメオパシーを信じるものを馬鹿者扱いし、それを広めることで常識とし、常識からはみ出るものを笑いものにすることで誰もホメオパシーに近づこうとしなくなるよう仕向けているわけです。200年にわたるホメオパシーの歴史において、ある団体や組織のホメオパシーにとる態度や反応は見事なまでに一致しています。ある思想を意図的にばらまいている人々とそれにすっかり洗脳されてしまっている愚かな人がいるのです。そうでないとしても、これほどまでにホメオパシーが迫害を受け続けるということは(そしてそれにもかかわらず根強い人気があるということは)、そこに真実があるということを意味するでしょう。誰も真実など知りたくないからです。誰も愚かで傲慢で本当はちっぽけな自分を突きつけられることは不愉快なものですから(ホメオパシーは同種療法なので、ホメオパシーに近づく者は自分を見ることになります)。もしくはよっぽどホメオパシーを脅威に感じているからでしょう。すなわち、これほど安くて効果的で人を目覚めさせ自然体にする医療はなかなかないからです。

『世界の一流有名人がホメオパシーを選ぶ理由』から引用します。

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一九世紀アメリカにおけるホメオパスヘの攻撃

 一八二五年にアメリカに初めてホメオパシーを紹介したのは、デンマークの医師ハンス・グラムである。その後、ホメオパシーはまたたく間に広がり、一八四四年には、アメリカ初の全国規模の医学協会である米国ホメオパシー協会(American Institute of Homeopathy)が設立された。これに対抗するかたちで、その二年後に米国医師会(American Medical Association: AMA)がホメオパスの台頭阻止を一つの主眼に設立されている。

 医療の歴史上、危険な医療行為や倫理違反を理由に医師が叱責を受けることなどまずありえなかった時代に、米国医師会は一八五五年にある規則を倫理規定に盛り込むことを決めた。それは、ホメオパシー医や、その他の「非正規の」ホメオパシー療法家の受診を禁じるというものだった。「診察条項」と呼ばれたその規定は、米国医師会の会員がホメオパスの患者を治療することまで禁じた。(16)

 さらに、いくつかの医学校ではホメオパシー薬を使って診療を行った卒業生の学位が無効とされたり、ホメオパスと交流をもっただけで在学生が停学にされたり、ホメオパスのもとに見習いに行った学生が講義の出席停止処分を受けたりした(Warner, 1999)。

 ホメオパシーとホメオパスに対する敵意が巻き起こした騒動は、科学的というよりはむしろ宗教的な性質のものだった。米国医師会の元会長は「彼(会員の医師)を悪から守ってくれるものは、聖書と神の恩寵に次いで、この診察条項だろう」と述べている(Warner, 1999, 55)。

 
 驚いたことに、数ある倫理規定のなかで米国医師会が現実に履行したのは、この診察条項とその他のいくつかの規定だけだった(Coulter, 1975, 208)。

 米国医師会のある会員は、ホメオパスに相談をもちかけたことを理由に地元医師会から追放されている。しかもそのホメオパスは彼自身の妻だった。

 ニューヨークのある医師は、ホメオパシー診療を行ったことがとがめられ(彼は自分の非を認めた)、有罪判決を受けたが、罰金は一セントにも満たなかった。この医師とその動機に深く共感した裁判の陪審員たちは、受け取った陪審員報酬を地元のホメオパシー協会に寄付している(Rothstein, 1972, 169)。

 一八五〇年代や一八六〇年代には、米国医師会から追放されることは医師にとって深刻な問題だった。地元医師会の会員資格の喪失は、医業を営む権利が奪われることを意味し、さらには懲戒処分を受けた医師を受診した医師や、そのような医師に自分の患者を紹介した医師までもが、地元の医師会から締め出されることを意味したからである。(17)

 一八六七年に米国医師会は、ホメオパスや妊娠中絶を行う医師に相談した場合は倫理委員会にその旨を届け出ることを全会員に義務づけた。実際この直後、由緒あるニューヨーク医学会の創立者の一人であるA・K・ガードナー医師がホメオパスの診察を受けたことを理由に業務停止を命じられている。医療系ジャーナリズムがこの処分を支持した一方で、ニューヨーク・タイムズ紙やニューヨーク・トリビューン紙は激しく批判した(Coulter, 1975, 314)。

 また一八六八年に米国医師会は、「正規」の医学部を卒業していない医師の診察を受けることは倫理違反とする通達を出した。だが、ホメオパシー医の多くは「正規」の大学の医学部出身者だったので、米国医師会のこの措置は事態を明確化するどころか混乱を生じさせただけだった。

 ところが、一八八一年にニューヨーク医師会の委員会で同医師会の診療条項の改定が提言されると、このことが大変な事態へと展開していく。一八八三年に、「正規」の医師が「ホメオパシー医」に相談することを認める条項が新たに採用されたのである。この内規改定によって米国医師会の規則とのあいだに矛盾が生じたことを受け、米国医師会はこともあろうにニューヨーク医師会そのものを米国医師会から正式に追放してしまった。一八八四年には「ニューヨーク州医師会」という別の組織が設立され、この二つの医師会が競合する状態は一九〇六年まで続いた(Walsh, 1907, 207)。

 ニューヨーク・タイムズ紙は社説で、「命を救うにはそのような診療しか手段がない場合、米国医師会は患者に死ねと言っているのと同じである。当医師会はホメオパシー専門家の力を借りようとする医師は一人たりとも会員として認めない構えである」と報じている(Coulter,1975, 314)。

 ホメオパスとの相談を認めさせる運動の先頭に立った人物の一人がエイブラハム・ヤコビ医学博士(一八三〇〜一九一九)だった。アメリカで初めて小児病院を開業した医師であるヤコビは、アメリカの小児科学の父と称されている。(18)

 ヤコビは米国医師会から裏切り者の烙印を押されたが、同医師会が一九〇三年に診療条項を撤廃した直後に、会長に選任されている(Warner, 1999)。

 一方、極端な反ホメオパシー政策を掲げた新しい医師会のトップを務めたのは、心臓専門医で米国医師会の重鎮であったオースティン・フリント医学博士(一八一二〜一八八六)である。彼は、医療関係者が気に入らなかったのはホメオパシー診療そのものというより、ホメオパスたちが従来の医療行為に対して公然と反対や非難の声を上げたことだったと述べている(King, 1983)。やがて明らかになるように、現代の医学史家たちは、その当時の医療は効果がなく危険なものであったことを認めている。ホメオパスの分析や批評は、実に的を射ていたことになる。

 皮肉にもフリントは、「治療に際して確固たる基盤となるのは臨床経験だけである」と発言していたことがわかっている、どうやら彼の言う「経験」とは、彼本人や従来型医療に従事する医者仲間の経験だけを指し、何千人ものホメオパシー医の臨床経験は除外していたようだ(Warner, 1999, 61)。

 米国医師会がニューヨーク医師会を追放した傲慢ぶりからもうかがえるように、保守派の医師がホメオパシーやホメオパシー薬に脅威や嫌悪感を抱いていたことを物語る出来事は、他にも多々ある。だが詰まるところ、こうした動向が示しているのは、保守派の医師がどれほどホメオパシーを脅威に感じていたかということである。

 ある主流派の医師は米国医師会の会合において次のように発言しているが、保守派の医師がホメオパシーやホメオパスを嫌った最大の理由も、この言葉によって言い尽くされていると言えるだろう―「われわれは原理原則をめぐってこのホメオパスと争ったのではないことを認めなくてはなるまい。われわれが彼と争ったのは、彼がこの共同体に入り込んで仕事を横取りしたからだ」(Kaufmann, 1871, 158)。

 これほどあっさりと認める医師も珍しいだろうが、診療の実態やそのあるべき姿をめぐる議論においては、実は経済的な問題が鍵を握っていたのである。

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